暁月のフィナーレ パッチ6.0冒頭までのネタバレがあります
※エメ←光♂
夜闇を取り戻し、罪喰いの脅威が遠く過ぎ去ったノルヴラントとて、いまだ平和であるとは言いがたい。
光に溢れていた世界から一転、見通しの悪くなった夜の森にはどこかに獣が潜んでいるし、以前とは活動時間が変わってしまった魔物もいる。
英雄なき世界でそれらに対処するのは、『光の戦士』でも『闇の戦士』でもなく、そこに生きるただの『人』だ。
いくら英雄の手によって救われたとはいえ、光の氾濫が起こる前に戻ったわけではない。その筆頭が人口で、世界の九割が喪われた事実に変わりはなく、依然として各地が人手不足に陥っていた。
「……だから俺たちが頑張らなきゃいけないんだよ、エイルエル!」
「それでも僕らだけで飛び出したら怒られるよ、アーキル」
クリスタリウムに住まう子どもであるヒュム族のアーキルとエルフ族のエイルエルは、それぞれ慣れない斧と杖を持って、星空の輝くレイクランドへと足を運んでいた。
「大丈夫だって。はぐれ罪喰いも見かけなくなったし、この辺じゃ危険な魔物の話だって聞かないよ」
「だからって! もし怪我してバレでもしたら、医療館の人たちになんて言われるか……!」
幼馴染のミステル族、リキ・ティオに付き合ってスパジャイリクス医療館に身を寄せているふたりは、クリスタリウムに流星群が降った日から、大人たちより無闇に外へ出ないよう言い付けられている。
『光の戦士の物語』に感化されてしまったことに対する牽制もあるが、『闇の戦士』への憧れの強いアーキルは元より、父と妹を罪喰いにやられたエイルエルも、日ごろは大人しいものの戦いたいという意志は誰よりも強い。
くすり師を目指して今も勉強しているリキ・ティオはともかく、クリスタリウムの大人たちは彼ら彼女らを守ろうといつも目を光らせている。
水晶公の遺したこの街で、これからを生きる若い命を大切にしたい……そんな大人たちの願いもよそに、問題児ふたりは夜闇にまぎれて、クリスタリウムの石畳からレイクランドの砂利道に踏む地面を変えていた。
「だってさ、リキ・ティオが言ってたじゃん!
試してみたい薬草がこの辺りでしか採れないから、自分だけじゃ作れないって……俺、力になってあげたいんだよ!」
「僕だって彼女の力にはなりたいよ! でもこの辺りはやっぱり危険だ、すぐ引き返して……」
「闇の戦士さまだってこの辺で魔物を倒してたじゃないか。ひとりじゃ難しいかもしれないけど、俺たちふたりなら……
エイルエルだって、アリゼーさんから教わったトレーニング、今も続けてるんでしょ?」
「そ、それはそうだけど……!」
アリゼーの名を出されて動揺しつつも肯定するエイルエルに、アーキルはニッと歯茎を見せて笑って見せる。
「いつか俺たちも冒険者になって、3人で世界を見て回るんだ。そのヨコウエンシューってやつだよ!」
そう言って、背負った斧の重さに少しよろけつつもアーキルはジョッブ砦の方角へ駆けていく。エイルエルも念のためと持ってきた幻術用の杖を両手で握り直しつつ、友人の背を追った。
真っ黒なレイクランドの空を、流星とは異なる光が走る。
光はふらふらとなにかを探すように揺れ、ゆっくりと高度を落としていき、そしてふわりと着地した。
「このへんかな……っと」
光を放っていた正体、大きな苔玉に葉っぱをくっつけたような謎の生物……ハコボックルから降りてその頭を男がひと撫ですれば、鳥のごときくちばしをつけた愛らしい顔からは想像のつかないギッ、とかギャッ、とかいう鳴き声を発して森の奥へと消えていった。
男はそれを見届けて、『迷える羊飼いの森』とはよく言ったものだと感心しつつ、頭上で紫の葉をさわさわと揺らしている木々を見渡す。
彼こそ、ノルヴラントに夜闇をもたらした闇の戦士その人である。アシエン・エリディブスとの因縁に決着をつけ、『暁』の仲間たちの魂を無事に原初世界へと送り届けた彼が、なぜまた第一世界に降り立っているのかといえば……。
「おかしいなあ、この時間ならあるはずなんだけど……」
園芸用具を片手にきょろきょろと辺りを探す彼は、およそひとつの世界を救った英雄には見えない。
そんな彼が探し求めるものは、何の変哲もないペパーミントである。しかしたかがミント、されどミント。原初世界のものよりも色が良く香り高いそれは、今や調理師としても名高い彼の必需品となっていた。
暗がりに目を凝らし、草をかき分けてお目当てのものを必死に探している後ろで、がさりとひとつ音が鳴る。
「ケケ……ナイ……ミツカラナイ……ケケケ……」
突如聴こえたヒトのしゃがれ声のような音に振り返れば、そこには大きな目をぎらりと光らせ、細い手足を揺らしながら嗤うグレムリンがいた。
よく見ればその手の先には、見覚えのある鮮やかな緑……まさしく今探していたペパーミントが握られている。
「……あーっ!! それ!!」
「ケケケ!」
英雄が指をさしながら声をあげると、グレムリンはミントを握った手を煽るようにひらひらと振って森のなかを駆けていく。
おそらく向かった先はジョッブ砦の方角だろう。よく砦の北西で世界が終わるなどとさんざん喚いていたことを思い出しつつ、お目当てのミントを取り返すべく青年は地面を蹴った。
「……砦の前、衛兵さんがいるけどバレたら追い出されないかな?」
特に魔物に襲われることもなくジョッブ砦へと近づいた子どもふたりに、ちょっとした試練が訪れる。
クリスタリウムからレイクランドへと向かうにあたり、西側にある『従者の門』と南側の『岩の橋』は、防衛よりも関門のような役割を担っているらしい。
そのために配置されている衛兵の数はレイクランド側よりもクリスタリウム側のほうが多いのだと、アーキルは医療館で盗み聞いていた。
反面、ジョッブ砦に関してはすぐ先にラケティカ大森林があるためか、外側を見張る意識が強い。加えて大掛かりな防衛拠点であるがゆえか、かえって人の配置がばらけているのだ。
「前に医療館の人たちに付き合ってこの辺りに来たんだけどさ……衛兵さんの死角、こっそり抜け出せる道を見つけたんだ」
「そんなのを確認するために行ってたの……!?」
「……これも冒険者になるための下見だよ、下見!」
口を尖らせながらそう言うアーキルに、エイルエルは深くため息をつく。
好奇心旺盛で行動力があるところは友人の長所だとは思っているが、それに巻き込まれて怒られでもしたらたまったものではない。
とはいえ、エイルエルとてクリスタリウムの外の世界に憧れ、アリゼーに特訓もつけてもらった身である。大人の庇護から抜け出して早く冒険に出たい気持ちは、隣にいる友人と同じだった。
「……リキ・ティオの薬草のためだからね。僕が行きたいんじゃないから」
「よしきた! じゃあ、こっち側の草むらに隠れて、あまり音を立てないように……」
ちらりと砦の入り口に立つ衛兵の様子を伺えば、どうやら崖沿いすれすれを歩いてきたふたりの影には気づいていないようだ。
そうして極力足音を立てぬよう、木々に身を隠しつつ慎重に進んでいくと、急に開けた場所に出た。
奥のほうから森を抜けて、冷ややかな風が流れてくる。クリスタリウムでは感じたことのないその風は、さらに先にある湖によって冷やされたものであることが明白だった。
「ここが、クリスタリウムの本当の外側……!」
アーキルは澄んだ空気を深く吸って、夜空に輝く星々を仰ぐ。建物にも、木々にも隠されることのない、どこまでも続いていく黒い空は今にも吸い込まれてしまいそうだ。
そうやって拓けた世界に感動している横で、エイルエルの長い耳がひとつの音を捉える。
「待って、何かこっちに……」
今にも『始まりの湖』に向かって駆け出しそうなアーキルの肩をぐっと掴んで、エイルエルは耳打ちする。いつもと違う友人の声色に、夜空に目を奪われていたアーキルの意識が引き戻された。
背負っていた斧をふらつきながらも構えつつ、眼前に広がる暗闇から気配を探るべく集中する。次第にヒュム族の耳でも聞き取れるくらいの足音を感じ取ると、斧を握る手に力が篭る。
アーキルの後方でエイルエルが治癒に備えようとして、その手から構えようとした杖がすべり落ちた。からん、と乾いた音が響くと、どちらともなく「あっ」と声を発してしまった。
それに反応したらしく、聞こえてきた足音は明らかにこちらへと向かって走ってくる。ガサガサと草むらをかき分ける音に次いで、ついに目の前に白い影が飛び出した。
「ケケケ……!」
夜でも分かる白い毛並みに、ぎらぎらとした大きな目。
グレムリンが子どもふたりを視界に捉えると、ヒトのように肩を揺らして嗤い出す。
「オ前ラナンテ、イチコロダ! クタバッチマイナ!」
「な、何だと……!?」
「ちょっとアーキル、落ち着いて……!!」
あからさまな挑発に乗る子どもの様子に、グレムリンは手を叩いて笑った。その片手に何かが握られているのを、アーキルの後方でエイルエルが目ざとく見つける。
「あれ? こいつが持ってるのって、もしかして……」
「無駄ダ、無駄! オ前ハモウ戦エナイ!」
「た、戦える! 俺だって『光の戦士』になるんだッ!」
なかば混乱状態に陥ってしまったアーキルが、勢いのまま手に持った斧を振り下ろそうとする。一方でエイルエルは、この危機的状況にかつてのアリゼーの教えを思い返していた。
『いい? 目の前に敵が現れたとき、焦ってすぐに攻撃すると相手が興奮しちゃって、強力な反撃をしてくるの。
だからもし、はぐれ罪喰いとか魔物に出会っても、まずは冷静に相手を見て。
……まあ、私もすぐ飛び出しちゃうほうだから、これは散々師匠から言われたことなんだけど……』
いま勢いのままにアーキルがグレムリンを攻撃したら、そのあとにどうなるかは目に見えている。
回復に備えて足元に落ちてしまった杖を拾うか、今にもグレムリンに危害を加えてしまいそうな友を止めるか。
その選択のはざまで立ちすくんでいると、前方に強烈な魔力を感じて、エイルエルは思わず目を閉じた。
英雄がグレムリンを追う道中、近くから何かが落ちたような音がした。
響き方からして武器のような重量のものだろうか。もしかしたらジョッブ砦の衛兵がグレムリンに襲われてしまったのかもしれないと、男は駆ける脚に力を込める。
走りながら体表面に薄く魔力を通せば、一瞬だけ全身が青白い光に包まれる。背負っていた園芸用具は背丈よりも大きな剣へと姿を変え、夜空と同じ色の外套がレイクランドの風にはためいた。
ようやくグレムリンらしき白い影を視界に入れ、飛びかかろうと足元に魔力を回そうとした瞬間、その先にいる人影の存在に気づく。今にもグレムリンに斧を振わんとしているのは――。
(子ども……? いや、あれって……)
そこにいる少し癖のついた茶色い短髪の少年は、かつてテンペストから帰還した夜に『闇の戦士』の元へと目を輝かせながらやってきた子どもだ。しかもその後方には、彼の友人らしき姿もある。
そんなふたりがなぜこんな場所にいるのか、どうして武器を持ってグレムリンと対峙するような状況に陥っているのか……それを考えるより先に、英雄の直感が働いた。
あのまま斧を振り下ろしてしまえば、興奮状態のグレムリンをさらに刺激して返り討ちに遭うのが目に見えている。そうなる前にと、男は前方に手をかざし魔力を凝縮させた。
傷つけるほどの威力は持たない、しかし殺気を乗せたエーテルは、相手の意識をこちらに向けさせるだけなら充分だ。
光弾は尾を引きながらグレムリンの後頭部に向かい、そして炸裂する。自らの後方に強い殺気を感じたグレムリンが咄嗟に振り向くと、既に英雄の持つ大剣がその喉元を捉えていた。
「ギィッ……!?」
「え……!?」
グレムリンが鳴くのと、子どもふたりが驚愕の声を上げるのは同時だった。
そうしてグレムリンの眼前に大剣を突き立てながら、英雄は口を開く。
「こうなったら、奥の手を使うしかないね……」
幽鬼のごとくゆらりと立ち上がった男の姿を見上げて、グレムリンは細長い腕で自らの顔を覆うような仕草を見せる。普段はあれほど口が悪く人を煽ることに長けているが、存外小心者なのだ。
一方、後方で英雄の姿を見つめる子どもふたりもまた、その光景に身体を震わせていた。突如現れた『闇の戦士』の存在に驚いたのもそうではあるが、生まれて初めて人の発する殺気というものを目の前で感じたのである。
英雄にとってただ相手を挑発する程度のそれは、戦いを知らない子どもにとっては恐ろしいものだった。
そんな彼が、グレムリンに対して奥の手を使うという。いったい何が起きるのか……身を固くしていると、英雄が息をゆっくりと吸い、右手を勢いよく上に掲げた。
「…………ラリホー!!」
時が止まったかのようだった。
子どもふたりは元より、グレムリンすらも呆気に取られているのか、口をあんぐりと開けてわなわなと震えている。
その原因たる英雄は、妙なポーズを取ったまま毅然とした態度で足元のグレムリンを見つめていた。
「ラ……ラ…………」
「……?」
「ラァァリホォォォウ!!!!!!」
グレムリンが突如として叫んだかと思えば、右手に持っていたペパーミントを投げ出して、興奮した様子で一目散に逃げていった。
上げていた腕をゆっくりと降ろしながら、青年は安心したように息を吐き出しつつ子どもふたりに向き合う。
「……ええっと、怪我はない? っていうかなんでこんなところに……」
「いや、俺たちは……」
「おい! 何の騒ぎだ!?」
青年の声か、あるいはグレムリンの声を聞きつけたジョッブ砦の衛兵が武器を持ちつつやってくる。
その姿にばつが悪そうな顔をした子どもたちの様子を見て、英雄はなるほどと事情を察し、おもむろに衛兵へと頭を下げた。
「ごめんなさい、俺がこの子たちに訓練をつけていて……さっきまでここにグレムリンがいたんですが、ちゃんと追い払っておきました」
「しかしこんな時間にだ……な……いや待て、よく見たらあんたまさか……闇の戦士様か!?」
顔を上げた青年の姿を見た瞬間、それまで語気の荒かった衛兵の声がどんどん勢いを失っていった。
対する『闇の戦士』と呼ばれた彼は困ったように笑いながら、こんばんはと軽く会釈する。
「来ていたなら言ってくださいよ! こんな砦じゃもてなしすらできない……!」
「いやあ、砦のみんなの仕事を邪魔するわけには……俺たちもそろそろクリスタリウムに戻る予定だったし! ね!」
アーキルとエイルエルふたりの頭を両手でぐりぐりと撫でつつ、青年は夜空を割くように輝くクリスタルタワーを見やった。
その様子に衛兵は少し焦った様子で身を正し、英雄への非礼を詫びる。
「お帰りになるところを呼び止める形になり、大変失礼いたしました……! 自分は持ち場に戻りますので、道中お気をつけて!」
身体の前に拳をふたつ作るクリスタリウム式の敬礼をしてから、衛兵はジョッブ砦のエーテライトの方へと戻っていく。
その背をしばし見守って、足音が遠くなったことを確認すると、今度こそ英雄は張り詰めていた息を吐き出した。
「よ、よかった〜……咄嗟の嘘だったけど信じてくれた……」
「闇の戦士さま……! 俺たちのせいで、ごめんなさい!!」
「いいんだよ、そもそもグレムリンが君らの方に行っちゃったのは俺のせいだし……」
アーキルがどういうことかと問えば、青年は事のあらましを説明する。
ペパーミントを求めてレイクランドにやってきていたこと、それをグレムリンに奪われていたこと、追いかけた先でふたりに鉢合わせたこと……。
『闇の戦士』への羨望を抱く子どもたちにとって、彼に園芸師としての一面があることも意外であったが、何よりもグレムリンに一杯食わされたという事実に驚いた。
「闇の戦士さまでもそんなことになるんだ……」
「なるよ、いつもこんな感じだよ! 仲間に支えられてるだけで、俺自身が強いわけじゃないからね。この前もみんなから散々怒られて……」
彼の口から出てくる数々の失敗談に、アーキルとエイルエルは顔を見合わせて笑った。
遠い存在のように思えた英雄が、自分たちと何ら変わりない人間なのだと実感して、なんだか安心してしまったのだ。
そしてふと、エイルエルが英雄の足元に目をやると、グレムリンの手放したらしいミントが散らばっていることに気がつく。すみません、と一言ことわりつつ拾い上げ、彼の目の前に差し出した。
「もしかして……闇の戦士さまが探してたペパーミントって、これですか?」
「そう! よかった、置いて逃げてくれたんだ……!」
「っていうか、さっきはなんでグレムリンにあんなことを? ラリホー? って何……?」
「ああ、あれはドワーフ族の挨拶で……なんでかあの挨拶をすると機嫌が良くなって逃げていくんだよ。理由は俺も知らないんだけど」
「そ、そうなんだ」
聞けばドワーフ族の手伝いをしている最中、はぐれグレムリンと遭遇した際に判明したのだという。
英雄の交友関係の広さに内心驚きつつも、エイルエルは手にしたペパーミントを見て、ひとつの確信にたどり着いた。
「……すみません、大変な思いをして採ったというのは分かっているんですが……どうかこのミント、僕たちに譲ってくれませんか」
「ちょ、ちょっと! これは闇の戦士さまが……」
「よく見て。これ、リキ・ティオが探してた薬草とそっくりじゃない? レイクランドで採れるもので、特徴が一致してるってことは……」
「本当だ……! あの、俺からもお願い!」
「え、え? 何、どうしたの!?」
子どもふたりに頭を下げられ、英雄は慌てふためいた。とにかく顔を上げて、となだめつつ、そうなるに至った理由を語ってもらうよう促す。
もしふたりがミステル族だったなら、見事に耳がへたりと下を向いていただろうと思うほどに申し訳なさそうな表情をしながら、アーキルがおずおずと口を開いた。
「そもそも俺たちがここに来ていたのは、リキ・ティオが調合に試したいって言ってた薬草を採りにくるためで……
だけど、普段クリスタリウムの人たちがついてきてくれる範囲では見つからないやつなんだ。
それでこっそりこの時間に抜け出してきたら、グレムリンと鉢合わせたんだよ」
「そのグレムリンが握っていたのが、探してた薬草で驚きました。でも、気づいたのは僕が杖を落としちゃったときだったから、それどころじゃなくなって……」
「え、エイルエルは気づいてたの?」
「絶対にそうとは言えなかったけど。でもそれを伝えようとしても、君がグレムリンの挑発に乗ってたから……」
「うっ、ごめん」
アーキルは友人の言葉に肩を落としつつ、あらためて英雄と向き合う。
「おにいちゃんに助けてもらって、薬草もほしいなんて都合が良いのは分かってる。だけど、リキ・ティオにこれを渡してやりたいから……!」
「待って待って! 事情はわかったし、ミントもあげるからそんなに頭下げないで!」
こっちが申し訳ないよ、と言いながら、英雄は子どもふたりの肩をポンと叩けば、アーキルとエイルエルはお互いの顔を見て安堵の笑みを浮かべた。
その光景に英雄も表情を緩めたが、すぐに何かに気づいたように思考の海に沈む。
「つまりそれ、リキ・ティオちゃんだけのプレゼントってことになるよね。君たちふたりには何も……うーん……」
「……戦士さま?」
「……そうだ。ふたりとも、その武器はどうしたの?」
「これですか? 特訓したいって言ったら貰ったんです。なんでも、衛兵団の訓練用の武器なのだとか……」
「そっか。もしかしてそれ、訓練用にしてはけっこう重かったりしない?」
「……!! な、なんで分かったの!?」
驚く子どもたちに対して、納得したようにうんうんと頷いた青年は、ふたりの武器を指差した。
「まずアーキルくん。さっき斧を構えてたとき、腕が伸びきっていたのが気になったんだよね……それに重心がかなり後ろに寄ってた。
前屈みになると重さに持っていかれるから、そうやってバランスを取ってたんじゃないかな?
エイルエルくんの杖も……取り落としてしまうくらいだから、重さもあるけど手の大きさに合わないんだと思うな。訓練用って言ったって、大人に合わせて作ってるんだもん」
子どもが持つための武器がクリスタリウムに存在しないのは、優しさでもあるのだろうと英雄は思う。
滅びかけた世界で『この先』を担う命をいたずらに消費することは、誰よりもきっと、水晶公が許さない。
けれど、これからのノルヴラントを切り拓いていくのは彼らの役割なのだ。それを分かった上で、今のクリスタリウムの人々は、子どもに武器を持たせることを是としたのだろう。
「いっそ武器を持つなら、ちゃんと手に馴染むもののほうが絶対いい。だから、俺が君たちでも使いやすい武器を作ってあげる!」
「……え、えええええ!?」
思いもよらない闇の戦士による提案に、子どもたちの声が夜空に響いた。
***
「……なるほど、それで兵士以外に向けた武器を、ねえ……」
「うん。ああ、もちろん工芸館の技術が悪いんじゃなくて……! むしろしっかり作られてるからこそ、不慣れな人が扱うには大変っていうか!」
あれから子どもたちをクリスタリウムまで連れ帰ってきた翌朝、製作用の身軽な衣服を纏った『闇の戦士』は、ミーン工芸館にてカットリスと話し込んでいた。
館長である彼女の手前、クリスタリウムで生み出された武器に難癖をつけるような形になってしまったことに、青年は慌てて訂正する。カットリスはそんな光景がおかしくて、苦笑しながら彼の肩を叩いた。
「大丈夫、分かってるさ。それにしても子どもが扱える武器なんて、考えもしなかったな……
ミンフィリア、いや、今はリーンか。あの子のための武器を公から頼まれたときは、なんというか……色々規格外だったからねぇ」
リーンが『ミンフィリア』として存在していたころ、工芸館が彼女のために作った武器は、職人たちが腕によりをかけて創り出した一級品だ。そのぶん誰にでも扱えるような代物ではなく、今回必要な「子どもでも使える武器」とは毛色がまったく異なる。
光へ抗うために磨き上げられた技術は、闇のもたらされた世界において、求められるものが変わり始めている。
「これからは冒険者のための武器っていうのも必要になってくるんじゃないかな。
そのためには工芸館でメンテナンスしやすいほうがいいから、素材はこの辺りで採れるものに限定したくて……」
「……まったく、君はこの世界を救うどころか、救ったあともここまで面倒を見てくれるのかい?」
「そんな大それたことは……でも、この世界の人たちはもう、俺にとって他人じゃない。クリスタリウムは、もうひとつの帰ってくる場所だから」
照れくさそうにはにかむ青年を見て、つられてカットリスも微笑む。世界を救ってくれたのが彼でよかったと、晴れ渡る青空を見上げながら心から思う。
「そこまで言われてしまったら、私らも頑張らないとね。まずは素材の洗い出しだ……!」
そうしてカットリスが工芸館の職人たちに声をかける一方で、ホルトリウム園芸館には三人の小さな客人がやってきていた。
「闇の戦士様へのお返し?」
「うん。本当はおにいちゃんが自分で使うはずだったミントを譲ってもらって、俺たちのために武器も作ってくれるのに、手持ちがないからお金も払えない……」
「だいたい、夜を取り戻してくれたことにだって、僕たちはちゃんとしたお礼ができてないんです。
だからせめて、何か感謝の気持ちを目に見えるかたちで伝えたくて……!」
「わたしも、わたしも! 前にぶどうをいっしょに獲ってくれたのも、ミントをくれたのも、すっごくうれしかった!」
そんな子どもたちが抱く闇の戦士への想いを聞いて、頼まれた園芸館の職員はううん、と唸りながら腕を組む。
あの心優しい英雄は、たとえ感謝の意を示したいと言っても、金銭や高級なものは受け取れないと断るだろう。昔、水晶公にも同じように日頃の感謝として金品を贈ろうとして、「それはあなたたちが使うといい」とやんわり断られてしまったことを思い出す。
この世界を救おうとしてきた人たちは、こぞって優しくて、お人好しで、それでいて強情なのだ。
頭を悩ませていると、話を聞いていたらしい他の職員が話しかけてくる。
「あの……それでしたら、ちょうど良いものがあると思うんです」
「……と言うと?」
「ほら、前にリーンさんとガイアさんが、サンプルにと『無の大地』に芽吹いた植物を持ってきてくれたでしょう?
いくらかは枯れてしまったのだけれど……挿し芽や分球をして、ここで新たに育てることに成功したんです」
「……そうか、『無の大地』に緑が戻ったのも、闇の戦士様が尽力してくださったんだよね。そこから育てた花だったら、喜んでくれるかも!」
「ええ。種類は少ないけれど、私たちは前に進めているんだとお伝えできるかな、って……」
そんなやり取りを横で見ていたリキ・ティオが、耳をぴょこぴょこと動かしながら目を輝かせた。
「すごい! お花を贈るなんて、すてき!」
「確かに高級なものより、花だったら受け取りやすそう!」
「でも俺、花なんてどれがいいか分からないや……」
「わたしが選ぶ! おくすりに使える植物のおべんきょうをしていて、お花にもくわしくなったの! だから、任せて!」
ぽんぽん、と自らの胸を叩いて力強く言うリキ・ティオに、アーキルとエイルエルは圧倒された。自分たちよりも歳下で大人しいはずの彼女が、いまは自分に任せろと言うのだ。
どこかで守る対象として見ていた相手が自発的に行動する姿に、少年ふたりは感慨深さを覚えながら強く頷いた。
「それじゃあ、リキ・ティオに選んでもらって、俺たちは包装を手伝おう!」
「あっ、でも……園芸館の花を使うなら、僕らがお金を払わないと……」
「いいんだよ、子どもはお金のことなんて考えないで大人たちに頼りなさい! それに、闇の戦士様に感謝したいのは私たちだって同じなんだ。
だからこの贈り物はクリスタリウム一同から、ということで……君たちは、彼に直接受け渡す代表者ってところさ!」
「代表者……!」
大人に守られてきた子どもにとって、年齢を飛び越えて街の代表に立てるということは、それだけであまりにも輝かしい。
興奮を隠しきれないアーキル、いくぶんか冷静であろうとしながらも長い耳を赤くしたエイルエル、そして嬉しそうに尻尾を揺らめかせるリキ・ティオ。
そんな彼ら彼女らの笑顔に自分たちも頬を緩めながら、園芸館の職員は子どもたちを連れて、栽培室へと入っていった。